北海道国立大学機構オープンイノベーションセンター様のAI、IoT知財セミナー講師を務めました

◆はじめに

 このたび、北海道国立大学機構オープンイノベーションセンター(ACE)(帯広畜産大学、小樽商科大学、北見工業大学)様からのご依頼で、学内知財セミナー(2024年3月28日開催)の講師を務めさせていただきました。

 北海道国立大学機構オープンイノベーションセンター(ACE)様のご厚意により、ご了承をいただきましたので、セミナーの概要をご紹介いたします。

 今回のセミナーは学内セミナーとして、大学の研究者様向けに「AI・IoT等に関連する研究成果の知財化の進め方」という内容でご依頼を受けておりました。

 そこで、第1部で「AI・IoT関連のデータの取り扱いに関する知識」を題材として、データをどのように保護するのかについて検討すると共に、第2部で「AI・IoT関連の研究成果を知的財産として保護するための知識」を取り上げて、AI・IoT特有の技術を特許としてどのように保護するのが有効かについて検討することとしました。

 第1部のデータ保護は、主に契約(各種ガイドライン)による保護について検討しますが、契約は当事者間にしか効力が及ばないことから、第2部の特許による保護とセットで考えることが重要になってきますので、両方を踏まえた検討を行いました。

 ⇒図2~図3をご参照

 また、AI・IoT関連においてOSS(オープンソースソフトウェア)を利用することも増えていますので、リスクを把握するために、第3部で「開発現場で使用するソフトウェアライセンスに関する知識」を取り上げることとしました。

 ⇒図4をご参照

図1.セミナープレゼン資料の表紙
図2.第1部の概要
図3.第2部の概要
図4.第3部の概要

◆第1部「AI・IoT関連のデータの取り扱いに関する知識」のセミナー概要

 第1部では、AI・IoT関連のデータをどのように保護することができるのかについて検討しました。

 まず、開発現場の問題意識として、「AIやIoTを開発するにはデータが必要になりますが、データを保有する事業者(農業法人などのユーザ)様はデータが法的にどのように保護されるのかについて不安があり、全部のデータを出すのをためらうことが多い」という実情があります。

 他方で、データを使ってAI・IoT関連開発を行うITベンダーは「開発したモデルの知的財産を確保したい」あるいは「横展開したい」という思いがあり、両者の思いが対立するような構造になっている面があります(なお、大学がITベンダーの役割を兼ねている場合も同様の状況と思います)。

  ⇒図5をご参照

図5.データ保護の課題

 そこで、大学の研究者の皆様には、データ保護に関する知識を身につけて、データを保有する事業者(農業法人などのユーザ)様に説明することで、少しでも不安を解消して、より良いデータの収集を行うとともに、ITベンダーなどとの利益バランスを図り、ひいては精度の高いシステム開発につなげていただければと思い、データを保護する法制度を概観し、それらの制度のメリット、デメリットについてご説明することにしました。

 データ保護に関しては、経産省から「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」、及び農水省から「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」がアナウンスされていますが、両ガイドラインには、各種の法制度に基づく規約が数多く盛り込まれています。これらのガイドラインを理解するためには、データを保護するための法制度の知識が必要となります。

 データを保護する制度としては、①契約、②営業秘密(不競法2条6項)、③限定提供データ(不競法2条7項)、④データベースの著作物(著12条の2第1項)、⑤民法上の不法行為などがあり、それらについて概観しました。

 ⇒図6ご参照

図6.データを保護する制度一覧

 また、AI・IoTの研究開発の典型的なケースを題材にして、どの場面で、どのような行為が行われ、どのような法律の問題になるのかについて検討しました。

 ⇒図7をご参照

 より具体的には、権利者側で見た場合に「どのような法律を用いて規制できるのか」、及び、データを利用する側で見た場合に「どのような法律によってリスクを回避できるのか」という観点で、「データを提供する側」に立った場合と、「データを利用する側」に立った場合の両方の視点を持てるように配慮しました。

図7.データ利用規約違反に潜むリスクの事例検討

 また、総論として、データの種類を外観したうえで、経産省が取りまとめた「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の各パターン(データ提供型、データ創出型、データ共用型)について概観するとともに、いくつかのケーススタディを行いました。

 例えば、「データ創出型」のケーススタディでは、「工作機械の使用者B」と、「工作機械の製造業者A」とが協力してデータを創出し、第三者にデータを提供する場面で、データの適正利用を確保するために、どのような着眼点を持てばよいのかを検討しました。

 ⇒図8をご参照

図8.AI・データの利用に関する契約ガイドラインのデータ創出型の説明図 (経産省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」をもとに当事務所で作成)

 また、経産省が取りまとめたガイドラインをベースとして、農業分野に特化した、農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」(農林水産省の取りまとめ)についても簡単にご紹介しました。

 ⇒図9をご参照

図9.データ利活用に伴う問題点(農林水産分野)
(農林水産省「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」をもとに当事務所で作成)

◆第2部「AI・IoT関連の研究成果を知的財産として保護するための知識」のセミナー概要

 第2部では、AI・IoT関連の研究成果をどのように保護することができるのかについて検討しました。

 AIやIoTの開発において特許を取得するかどうかの場面では、AIはリバースエンジニアリングができず、特許による保護も限定的だからクローズ戦略(ノウハウとして秘匿)、IoTはセンサ等が中心でリバースエンジニアリングが可能だからオープン戦略(特許出願)が基本といわれていますが、これについて検討してみました。

 ⇒図10をご参照

図10.IoTやAIにおけるクローズド戦略のウソと本当

 また、IoTの現場について概観し、どのようなセンサを、どこに取り付けるのか、そして何を見える化するのか、さらにAIでどのような判断や分析を行い、どのような提案をするのかについて、検討しました。

 ⇒図11をご参照

図11.畜産業におけるIoT技術の活用事例
(農水省「スマート農業技術カタログ(畜産)」をもとに当事務所で作成)

 AI・IoT関連の研究開発の場面では、図11に示すようなステップでAI・IoT関連システムの研究開発が行われますが、どの場面で、どのような法制度(特許、契約等)で保護が可能か、あるいは、どの部分について特許を取得することが有効なのか、について検討しました。

 ⇒図12をご参照

 契約によって保護できない部分、あるいは契約の当事者拘束力を外れた第三者に対する拘束力がないことを補うために、特許の活用は非常に重要になってくると思います。

図12.どの部分をどのような法制度で保護できるのかの大局的視点

 また、データを保有する事業者と、AI、IoTシステムを開発するベンダー企業との間で、どのようなせめぎ合いが生じるのかについて説明しました。大学側では、両者の利益をうまくバランスしながら、開発をリードしていくことが求められると思いますので、こういった視点で見ていくことは重要なことと思います。

 ⇒図13をご参照

図13.ユーザー(データを保有する事業者)とベンダー(IT企業)の立ち位置

◆小括

 以上のように、AI・IoT関連の研究成果を知的財産として保護するための法制度としては、契約、営業秘密、限定提供データ、著作権、特許、などがあります。

 多くの場合、①契約による保護をメインとして、サブ的に、②営業秘密(ノウハウ)として秘匿によって保護するか、③特許として(開示する方向で)保護するという運用がなされていると思います。

 ただし、緻密な契約によっても、契約の当事者間だけにしか効力が及ばず、第三者の間を転々流通した場合にはどうすることもできないという弱点がありますので、適宜、有効な特許を取得することを視野に入れる必要があると考えられます。

 逆に、有効な特許を取得することで、契約条件を少し緩めることができ、共同研究開発をやり易くすることも可能となりますので、契約と特許を併用した知財戦略を採用することが重要になってくると思います。

◆第3部「AI・IoT等の開発現場で使用するソフトウェアライセンスに関する知識」のセミナー概要

 第3部では、ソフトウェアの「使用」と「利用」の概念について取り上げたうえで、市販ソフトなどの「使用許諾契約」と、オープンソースソフトウエア(以下「OSS」と略します)の「利用許諾」の目的や内容が異なる理由について、検討しました。

 ソフトウェアの「使用」と「利用」の概念は、「使用」がプログラムを実行させること意味するのに対し、「利用」とはプログラムを複製したり、翻案(修正)したり、頒布(配布、リリース)したりすることを意味する、というように明確に区別されます。

 これは、著作権法が、複製権、翻案権、譲渡権、公衆送信権などを規定しており、複製行為、翻案(修正、改変)行為、譲渡ないし公衆送信(配布)行為などの「利用」行為を規制する一方で、著作物を「使用」する行為(例えば、本を読むこと)を規制対象とはしていないことに基づいています。

 このため、市販ソフトのプログラムの実行等の「使用」行為については、著作権法で直接的に規制することができず、シュリンクラップ又はクリックオンなど、契約の一種である「使用許諾契約」により、プログラムを「使用」する行為について、同時使用の本数、使用期間などを規制することとしています。

 他方、OSSの場合は、ソースコードの翻案(修正、改変)や譲渡ないし公衆送信(配布)などの「利用」行為を行うことが目的であり、これらの「利用」行為を規制するため、「利用許諾」というライセンス形式が採用されています。

 ⇒図14をご参照

 なお、OSSライセンス(利用許諾)は、一方的な条件提示であるため、現時点では「契約」ではないと考えられています。

 このような著作権法の仕組みを理解することで、市販ソフト等の「使用許諾契約」とOSSの「利用許諾」の違いを正確に理解し、ひいてはライセンスを正しく運用することにつながってくると思います。

図14.著作権法をベースにした、市販ソフト等の「使用許諾契約」とOSSの「利用許諾」の相違点

 なお、OSSの利用に際しては、様々な義務が発生したり、リスクに直面したりすることがありますので、これらについても留意が必要となります。

 ⇒図15をご参照

図15.OSSで発生する義務とリスク

 また、第3部では、OSSを利用する場合の留意事項についても検討しました。

 例えば、最もコピーレフト性の高いGPLでは、元のOSSのソースコードを改変・修正した部分だけでなく、OSSのソースコードに独自に開発したプログラムを動的にリンクしている場合でも、独自に開発したプログラムも含めて、ソースコードを公開する義務が発生するといった点に留意する必要があります(図16をご参照)。

 他方、コピーレフト性の低いApache License2.0の場合、動的リンクはもちろん、静的にリンクしている場合でも、ソースコードを公開する義務は発生しませんので、一見、寛容なライセンスに見えてしまいます。

 しかし、これらのOSSにおいても、いくつか留意すべき事項があるので、注意が必要になります。

 例えば、異なるライセンス条件のOSSを組み合わせて使用することが禁止される「ライセンスの両立性」の問題と、「特許権不行使の特約」を含むOSSを利用して製品を開発・リリースした場合に特許権を行使できなくなるリスクなどに注意が必要となる等です。

◆セミナーの実施状況について

 セミナーはウェブ形式で開催され、産学連携センターの知財ご担当者様と、帯広畜産大、小樽商科大及び北見工大の先生方が参加されておりました。

 また、学内で、期間限定の動画配信も行われるとのことです。

◆最後に

 今回のセミナーでは、市販ソフトやOSSのライセンスについてもう一度勉強しなおす良い機会になりましたし、経産省や農水省のAI・データに関する契約ガイドラインを見直すことで新たな発見がいくつもありました。

 また、講義が2時間、質疑応答の時間が別途20分あったのですが、AIやIoTの研究開発を行っている先生方から、貴重なご意見やご質問をいただいたことは大変参考になりました。

 今回のセミナーが、北海道国立大学機構オープンイノベーションセンター(ACE)の先生方及び道内の事業者やIT企業の方々によるAI・IoT関連の研究成果を知的財産として保護することに少しでもお役に立てれば幸いです。

北海道国立大学機構オープンイノベーションセンターは、帯広畜産大学の「Agriculture(農学)」、小樽商科大学の「Commerce(商学)」、そして北見工業大学の「Engineering(工学)」が連携する機構で、3者の頭文字をとって通称ACE(エース)と呼ばれている統合的な研究機構です。

 北海道地域が抱える課題に対して生産者から大学・企業等までが一体となって共同研究を行える体制の構築や、国のICT基盤を活かし、三大学情報共有システムを構築、研究情報を統合管理・活用・発信するほか、企業/現場が描く未来の姿を目指し、課題解決策を考える発想で実証試験の充実を図るなど、ACE様が中核となった研究プロジェクトに取り組んでいると伺っております。