道総研様の知財セミナー(知財契約)の講師を務めました

はじめに

 このたび、地方独立行政法人北海道立総合研究機構(略称 道総研)様からのご依頼で、「令和6年度 知的財産マネジメントスキルアップ研修」(2024年12月17日開催)の講師を務めさせていただきました。
 
 道総研様のご厚意により、ご了承をいただきましたので、セミナーの概要をご紹介いたします。

 今回のセミナーは昨年、一昨年の「AI・IoT等のソフトウェアやシステムに関連する研究成果の知財化の進め方」を踏まえて、「公的研究機関が企業と連携する場合の契約の考え方や具体的な契約の内容を知りたい」というご依頼を受けておりました。

 そこで、「知的財産の管理・活用を見据えた契約書の作り方」というテーマを掲げ(図1をご参照)、第1部で「研究成果の保護と活用に向けた契約の考え方」と題して、研究開発のどの段階でどのような契約を意識すればよいかといった大局論について解説することにしました(図2をご参照)。

 また、第2部では、「企業等との共同研究、技術移転における契約の留意点」と題して、個々の契約内容について具体的に解説することとしました(図3をご参照)。

図1.セミナープレゼン資料の表紙

図2.第1部の概要

図3.第2部の概要

 なお、この解説では、こちら側の当事者を主に「研究機関」として説明していますが、こちら側の当事者が「企業等」であっても同様ですので、そこは読み替えていただければと思います。

 世の中では、中小企業と大企業が研究開発を協働する場合や、中小企業の技術を大企業に供与する場合に、適時の適切な契約を締結しないことにより、中小企業が不利益を受ける例も報告されていますので、こちら側の当事者が中小企業等、相手方の当事者を大企業と読み替えていただくということも意義のあることと思います。

第1部「研究成果の保護と活用に向けた契約の考え方」の概要

 第1部では、「研究成果の保護と活用に向けた契約の考え方」と題して、研究開発のどの段階でどのような契約を意識すればよいかといった大局論について解説しました。

 知財契約の例としては下記のような契約が考えられます。

図4.知的財産に関する契約

 一般的な知財契約のセミナーでは、いきなり各論に入り、「それぞれの契約のポイントや内容を解説する」というものが殆どですが、それでは、研究開発の現場で知識を活用することが難しいのが実情です。

 そこで、今回のセミナーでは、「どの場面」で「どのような契約」を結ぶことが重要なのか、「その時点でこういう契約を結ばないとその後どういう問題が発生する可能性」があるのかがわかるように、開発のタイムライン(注1)に沿って、その時点で必要な契約とその後の影響がわかるように工夫してみました(図5~図15をご参照)。

(注1) タイムラインとは、「いつ」、「誰が」、「何をするか」に着目して、行動とその実施主体を時系列で整理したものをいいます。

 まず、「相談段階」を経て「研究を開始」する段階、「研究成果」が実を結んだ段階、研究成果について「特許等を出願」する段階、最後に「実施段階」に至るという研究開発のタイムラインを引いてみると図5のようになります。

図5.研究開発のタイムライン

 

 次に、こちら側の当事者と相手方の企業等の関係者を配置してみると図6のようになります。

 なお、道総研様向けのセミナーですので、こちら側の当事者は「研究機関」になりますが、「企業等」であっても同様ですので、「研究機関(企業等)」と記載しました。

図6.タイムラインに当事者を記載

 

 また、研究の過程で生まれてくる「成果物(発明など)」と「特許出願」「特許権」や「実施」などの行為を書き加えると図7のようになります。

 図7を見ながら、各ステージでどのような契約が必要であるかを考えてみるのが有効です。

 そして、タイムラインにおいて、お互いの情報を開示しあって相談する、最初の相談段階で必要となる「秘密保持契約」を書いてみたのが図8です。

図7.タイムラインに行為等を記載

図8.タイムラインに秘密保持契約を記載

 

 同様に、共同研究を行う際に必要になる「共同研究契約」を書いてみると図9のようになります。

図9.タイムラインに共同研究契約を記載

 

 そして、各ステージで必要な契約を全部書いてみると図10のようになります。

図10.タイムラインに必要な契約を記載

 

 ここまでくると研究開発のタイムラインの中で発生する成果物や出願・実施などの行為と必要な契約を結び付けて考えやすくなったのではないでしょうか。


 次に、「あるタイミングで所定の契約を結ばないと後にどのような問題が生じるのか」という第1の視点と、「開発が進行する中で、先に結んだ契約と後に結んだ契約はそれぞれ独立しているのか、影響するから全体で考えるのか」という第2の視点で考えてみたいと思います。

第1の視点   研究開発の端緒から実施までのタイムラインを念頭に、どの段階でどのような契約が必要で、契約を結ばないと後の段階でどういう問題が生じるリスクがあるのか、という視点
第2の視点ある契約と他の契約との相互の関係を考え、初期の相談段階で念頭に置いた秘密保持の対象や範囲が、次段の共同研究契約や、終盤の共同出願契約などの段階では変化している可能性もあるので、ある契約と他の契約とを有機的に結びつけたりするなど、全体的に考えることも必要なのか、という視点

 それでは、契約を結ばなかったときにどのような不都合やリスクがあるか考えてみましょう。

 契約とは、相手方(及びこちら側)に「してよいこと」と「してはいけないこと」を定めるものですので、契約がないと、相手に図11のような行為を勝手にされても何もできないことになります。

(なお、特許法では共同出願に関する規定があり、契約が無くても特許法に基づく主張が可能な場合がありますが、いろいろと手続きが必要になりますので、契約があるに越したことはありません)

図11.契約を締結しなかった場合の不都合(リスク)

 次に、タイムラインでリスクを検討してみたいと思います。

 図12は、契約がなかった場合、「相手方の実施行為を阻止できない」というリスクを示しています。
・・・(前記の第1の視点)

 相手方の実施行為を規制するのは、典型的には「共同出願契約(実施に関する契約も盛り込まれています)」ですが、相談段階で結ぶ「秘密保持契約」でも考慮することが重要です。
 相談時に相手方の情報を入手して、入手した情報を利用して製品を開発し、勝手に実施する可能性もあるからです。
・・・(前記の第2の視点)

図12.相手方の実施を阻止できないという不都合(リスク)

 

 また、契約がないと、図13のように、相手方が勝手に特許を出願して特許を取得した場合において、こちら側の共同事業者に対して特許権に基づく権利行使(差止請求、損害賠償請求など)を行われてしまうリスクがあります。
・・・(前記の第1の視点)

 このリスクについても、出願行為を規制するのは、典型的には「共同出願契約」ですが、相談段階で結ぶ「秘密保持契約」でも考慮することが重要です。相談時に相手方の情報を入手して、入手した情報を利用して製品を開発し、勝手に特許出願する可能性もあるからです。
・・・(前記の第2の視点)

図13.相手方の特許出願や権利行使を阻止できないという不都合(リスク)

 

 また、契約がないと、図14のように、相手方が勝手に特許を出願して特許出願が公開された場合において、こちら側が関連発明について出願する際に、公知例として取り扱われ、新規性や進歩性の判断などにおいて不利に取り扱われてしまうというリスクがあります。
・・・(前記の第1の視点)

 このリスクについても、出願行為を規制するのは、典型的には「共同出願契約」ですが、相談段階で結ぶ「秘密保持契約」でも考慮することが重要である点は図13の場合と同様です。
・・・(前記の第2の視点)

図14.こちら側の改良発明の特許出願に影響するという不都合(リスク)

 

 なお、何も契約が無くて、相手側が勝手に特許出願した場合は基本的には何もできませんが、特許法の共同出願に関する規定を利用すれば、契約がなくてもできることはあります。

 しかし、あくまで例外的で、面倒な手続きが必要になりますので、契約を結ぶことが重要であることに変わりありません。

図15.相手方の特許出願を阻止できないという不都合(リスク)

 ただし、契約も万能ではないことに留意が必要です。

 なぜかというと、契約の拘束力はあくまで契約の相手方にしか及ばないからです。

 図16で説明しますと、契約外の第三者Cが勝手に物を作ったりすることは、AB間の契約の拘束力が及びませんので、契約だけでは守れない面があるということです。

図16.契約の効力が及ぶ範囲

 

 では、特許を取得していた場合はどうでしょう。
 特許には対世効があるので、契約外の第三者にも効力が及び、勝手に物を作ることはできず、差止請求などの権利行使が可能となります。

図17.契約とは別に特許を取得していた場合の効果

 

 また、秘密保持契約を結んでいた場合において、さらに秘密管理を徹底していた場合には、不正競争防止法上保護される営業秘密又は技術上の秘密に該当し(第2部の解説の図20をご参照)、不正競争防止法上の差止請求、損害賠償請求ができる可能性もあります(図18をご参照)。

図18.契約とは別に不正競争防止法上の機密管理をしていた場合の効果
(第三者効については、図21をご参照)

第2部「企業等との共同研究、技術移転における契約の留意点」の概要

 第2部では、「企業等との共同研究、技術移転における契約の留意点」と題して、個々の契約内容について具体的に解説しました。

 セミナーのスタイルとしては、特許庁などが公表している各種の契約ガイドライン(注2)を引用して、個々の契約で留意すべき事項を説明したうえで、実際の道総研様の契約書を例示して各条項の意義や効果を説明するというスタイルで行いました。

注2)引用した特許庁の各種契約ガイドラインの例

 ・特許庁「オープンイノベーションポータルサイト

   OIモデル契約書ver2.1(新素材編)(2023年5月)
    秘密保持契約書(新素材編)逐条解説

 ・特許庁「オープンイノベーションポータルサイト

   OIモデル契約書ver2.1(大学編:大学・大学発ベンチャー)(2023年5月)
    共同研究開発契約書(大学編:大学・大学発ベンチャー)逐条解説

 また、契約とは別に不正競争防止法や特許法を活用することで契約の保護範囲を拡張できることも説明しました。

 より具体的には、例えば、不正競争防止法を意識した秘密管理を行うことで、契約だけでは保護できない範囲まで保護が広がり(図19、20をご参照)、契約では対応できない相手方への差止請求や、契約外の第三者に対する差止請求も可能となる可能性があることなどです(図21をご参照)。

図19.秘密保持契約の対象となる技術情報等

図20.(契約に加え)不正競争防止法上の営業秘密として保護されるための要件

図21.不正競争防止法上の保護には第三者に対する効果も含まれる

 なお、個々の契約書を提示しての説明は、道総研様の契約書ですので、説明を省略いたします。

小括

 以上のように、知財関連の契約に際しては、個々の契約を単独で考えるだけでなく、開発のタイムラインを意識して、開発の端緒から終了までの全体の中で、いつ・どのような契約を結ぶ必要があるのかを理解することで、様々な不都合(リスク)を軽減できることがわかります。

 知財関連の契約については、多くの事業者においてもかなり苦労しているので簡単ではないと思いますが、今回のセミナーで解説した基礎知識をもとに、道総研様及び道内企業の方々による研究開発において、少しでもリスクを軽減した取り組みが進んでいくことを期待しています。

セミナーの様子について

 セミナーは、道総研様の本部の研修室での現地開催(参加8名)と、ウェブ開催(参加117名)の併用で開催され、計125名の方にご参加いただきました。

写真1.セミナー会場の様子(道総研様本部の研修室にて)

写真2.セミナー会場の様子(道総研様本部の研修室にて)

・21の試験場等、約1,090名の職員を有する総合試験研究機関です。
・法人の運営を行う法人本部と研究を行う5つの研究本部で構成されています。
・5つの研究本部は、①農業研究本部(各地の農業試験場など)、②水産研究本部(各地の水産試験場など)、③森林研究本部(林業試験場、林産試験場)、④産業技術環境研究本部(工業試験場、食品加工研究センター、エネルギー・環境・地質研究所)、⑤建築研究本部(北方建築総合研究所)で構成され、多岐にわたる試験および研究を行っています。