道総研様のAI・IoT知財セミナー講師を務めました

はじめに

 こんにちは。北海道札幌の弁理士の常本です。

 このたび、地方独立行政法人 北海道立総合研究機構(略称 道総研)様からのご依頼で、「AI・IoT知財セミナー」(2023年3月13日開催)の講師を務めさせていただきました。

 道総研様のご厚意により、ご了承をいただきましたので、セミナーの概要をご紹介いたします。

 今回のセミナーは「AI・IoT等のソフトウェアやシステムに関連する研究成果の知財化の進め方」という内容でご依頼を受けておりました。

 そこで、第1部で「AI・IoT等の開発現場で使用するソフトウェアライセンスに関する知識」、第2部で「AI・IoT関連のデータの取り扱いに関する知識」を題材とするとともに、第3部で「AI・IoT関連の研究成果を知的財産として保護するための知識」を取り上げました(図2~図4をご参照)。

図1.セミナープレゼン資料の表紙
図2.第1部の概要
図3.第2部の概要
図4.第3部の概要

第1部「AI・IoT等の開発現場で使用するソフトウェアライセンスに関する知識」の概要

 第1部では、ソフトウェアの「使用」と「利用」の概念について取り上げたうえで、市販ソフトなどの「使用許諾契約」と、オープンソースソフトウエア(以下「OSS」と略します)の「利用許諾」の目的や内容が異なる理由について、検討しました。

 ソフトウェアの「使用」と「利用」の概念は、「使用」がプログラムを実行させること意味するのに対し、「利用」とはプログラムを複製したり、翻案(修正)したり、頒布(配布、リリース)したりすることを意味する、というように明確に区別されます。

 これは、著作権法が、複製権、翻案権、譲渡権、公衆送信権などを規定しており、複製行為、翻案(修正、改変)行為、譲渡ないし公衆送信(配布)行為などの「利用」行為を規制する一方で、著作物を「使用」する行為(例えば、本を読むこと)を規制対象とはしていないことに基づいています(図5の(1)をご参照)。

 このため、市販ソフトのプログラムの実行等の「使用」行為については、著作権法で直接的に規制することができず、シュリンクラップ又はクリックオンなど、契約の一種である「使用許諾契約」により、プログラムを「使用」する行為について、同時使用の本数、使用期間などを規制することとしています(図5の(2)をご参照)。

 他方、OSSの場合は、ソースコードの翻案(修正、改変)や譲渡ないし公衆送信(配布)などの「利用」行為を行うことが目的であり、これらの「利用」行為を規制するため、「利用許諾」というライセンス形式が採用されています(図5の(3)をご参照)。

 なお、OSSライセンス(利用許諾)は、一方的な条件提示であるため、現時点では「契約」ではないと考えられています。

 このような著作権法の仕組みを理解することで、市販ソフト等の「使用許諾契約」とOSSの「利用許諾」の違いを正確に理解し、ひいてはライセンスを正しく運用することにつながってくると思います。

図5.著作権法をベースにした、市販ソフト等の「使用許諾契約」とOSSの「利用許諾」の相違点

 また、第1部では、OSSを利用する場合の留意事項についても検討しました。
 例えば、最もコピーレフト性の高いGPLでは、元のOSSのソースコードを改変・修正した部分だけでなく、OSSのソースコードに独自に開発したプログラムを動的にリンクしている場合でも、独自に開発したプログラムも含めて、ソースコードを公開する義務が発生するといった点に留意する必要があります(図6をご参照)。

 他方、コピーレフト性の低いApache License2.0の場合、動的リンクはもちろん、静的にリンクしている場合でも、ソースコードを公開する義務は発生しませんので、一見、寛容なライセンスに見えてしまいます。

 しかし、これらのOSSにおいても、いくつか留意すべき事項があるので、注意が必要になります(図6の注記をご参照)。

 例えば、異なるライセンス条件のOSSを組み合わせて使用することが禁止される「ライセンスの両立性」の問題と、「特許権不行使の特約」を含むOSSを利用して製品を開発・リリースした場合に特許権を行使できなくなるリスクなどに注意が必要となる等です。

図6.OSSライセンスの概要
東京都オープンソースソフトウェア公開ガイドライン」東京都デジタルサービス局(令和3年10月27日)及び「オープンソースソフトウェアに潜む法的リスクの低減に向けた取り組み」(UNISYS TECHNOLOGY REVIEW 第 94 号,NOV. 2007)をもとに当事務所にて作成)

第2部「AI・IoT関連のデータの取り扱いに関する知識」の概要

 第2部では、AI・IoT関連のデータをどのように保護することができるのかについて検討しました。

 データを保護する制度としては、①契約、②営業秘密(不競法2条6項)、③限定提供データ(不競法2条7項)、④データベースの著作物(著12条の2第1項)、⑤民法上の不法行為などがあり、それらについて概観しました。

 また、AI・IoTの研究開発の典型的なケースを題材にして、どの場面で、どのような行為が行われ、どのような法律の問題になるのかについて検討しました(図7ご参照)。

 より具体的には、権利者側で見た場合に「どのような法律を用いて規制できるのか」、及び、利用する側で見た場合に「どのような法律によってリスクを回避できるのか」という観点で、データを提供する側に立った場合と、データを利用する側に立った場合の両方の視点を持てるように配慮しました。

図7.データ利用規約違反に潜むリスクの事例検討

 また、総論として、データの種類を外観したうえで(図8をご参照)、経産省が取りまとめた「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の各パターン(データ提供型データ創出型データ共用型)について概観するとともに、いくつかのケーススタディを行いました。

 例えば、「データ創出型」のケーススタディでは、「工作機械の使用者B」と、「工作機械の製造業者A」とが協力してデータを創出し、第三者にデータを提供する場面で、データの適正利用を確保するために、どのような着眼点を持てばよいのかを検討しました(図9をご参照)。

 また、経産省が取りまとめたガイドラインの派生ガイドラインとして、農業分野に特化した、「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」(農林水産省の取りまとめ)についても簡単にご紹介しました。

図8.データの種類
図9.AI・データの利用に関する契約ガイドラインのデータ創出型の説明図
(経産省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」をもとに当事務所で作成)

第3部「AI・IoT関連の研究成果を知的財産として保護するための知識」の概要

 第3部では、AI・IoT関連の研究成果をどのように保護することができるのかについて検討しました。 

 AI・IoT関連の研究開発の場面では、図10に示すようなステップでAI・IoT関連システムの研究開発が行われますが、どの場面で、どのような法制度(特許、契約等)で保護が可能か、あるいは、どの部分について特許を取得することが有効なのか、について検討しました。

 契約によって保護できない部分、あるいは契約の当事者拘束力を外れた第三者に対する拘束力がないことを補うために、特許の活用は非常に重要になってくると思います。

 なお、特許の有効な取得形態の一例として、「学習済みモデル」の特許を取得することが考えられますが、実際にJ-PLATPATで検索した結果を題材に、どのような出願人が学習済みモデルの特許を取得することにチャレンジしているかを概観しました。

 検索結果によれば、国内企業の中では、AI開発用のプラットフォームで有名な株式会社Preferred Networks社が最初に「学習済みモデル」の特許を取得していることが判明しましたが、わずか200数十名規模の従業員で時価総額が3500億円と評価された会社だけに、いち早く有効な特許の取得にチャレンジしていたのは注目に値すると思います。

図10.どの部分をどのような法制度で保護できるのかの大局的視点

まとめ

 以上のように、AI・IoT関連の研究成果を知的財産として保護するための法制度としては、契約、営業秘密、限定提供データ、著作権、特許、などがあります。

 多くの場合、①契約による保護をメインとして、サブ的に、②営業秘密(ノウハウ)として秘匿によって保護するか、③特許として(開示する方向で)保護するという運用がなされていると思います。

 ただし、緻密な契約によっても、契約の当事者間だけにしか効力が及ばず、第三者の間を転々流通した場合にはどうすることもできないという弱点がありますので、適宜、有効な特許を取得することを視野に入れる必要があると考えられます。

 逆に、有効な特許を取得することで、契約条件を少し緩めることができ、共同研究開発をやり易くすることも可能となりますので、契約と特許を併用した知財戦略を採用することが重要になってくると思います。

セミナーの様子について

 セミナーは、道総研様の本部のセミナー室での現地開催(15名様)と、ウェブ開催(39名様)の併用で開催されました。

写真1.セミナー会場の様子(道総研様本部の研修室にて)

さいごに

 今回のセミナーでは、市販ソフトやOSSのライセンスについてもう一度勉強しなおす良い機会になりましたし、経産省や農水省のAI・データに関する契約ガイドラインを見直すことで新たな発見がいくつもありました。

 また、講義が2時間、質疑応答の時間が別途30分あったのですが、セミナー終了後に、会場で参加してくださっていた受講者のうち、4~5名の方が当職を取り囲んで、30分近く熱心に質問をされていたのが印象的でした。

 若手の研究者の方々が、日ごろAI、IoT関連の研究開発でいろいろ悩んでおられることや、これから技術者として勉強を続けていこうという熱意が伝わってきて、今回のセミナー講師を務めさせていただいたことは大変良い経験になりました。

 今回のセミナーが、道総研様及び道内企業の方々によるAI・IoT関連の研究成果を知的財産として保護することに少しでもお役に立てれば幸いです。

・21の試験場等、約1,090名の職員を有する総合試験研究機関です。

・法人の運営を行う法人本部と研究を行う5つの研究本部で構成されています。

・5つの研究本部は、①農業研究本部(各地の農業試験場など)、②水産研究本部(各地の水産試験場など)、③森林研究本部(林業試験場、林産試験場)、④産業技術環境研究本部(工業試験場、食品加工研究センター、エネルギー・環境・地質研究所)、⑤建築研究本部(北方建築総合研究所)で構成され、多岐にわたる試験および研究を行っています。