「今金男しゃく®」と「あまおう®」に学ぶブランド化戦略
1.「通常の商標」? それとも 「地域団体商標」?
「地域名+普通名称」の組み合わせについてブランド化する場合、「通常の商標」と「地域団体商標」のいずれを選択するか悩まれる事業者様が多い状況です。本記事では、この2種類の商標のそれぞれの利用を考える際のポイントを解説しています。
1-1.「通常の商標」を利用する場合
「通常の商標」として出願した場合、「商品の産地、販売地、品質その他の特徴等の表示又は役務の提供の場所、質その他の特徴等の表示」(記述的商標)(商標法3条1項3号)に該当し、識別力がないとして拒絶されてしまいます。例外的に、全国的に広く知られるようになっている場合にのみ登録が認められる(商標法3条2項)、という仕組みになっています。
商標法3条2項の立証は、使用によって全国的なレベルでの周知性を獲得したことの立証であり、相当なボリュームの使用実績を証拠として提示することが求められますので、かなりハードルが高い内容です。
1-2.「地域団体商標」を利用する場合
他方、「地域名+普通名称」の組み合わせについて、「地域団体商標」として出願した場合、この3条2項の「全国的な周知性」の要件を緩和して、原則として「隣接都道府県に及ぶ程度に知られている」としつつ、平成27年3月の審査基準の改定により、さらに一歩進んで、商品・役務の取引状況等に応じて具体的な取引事情を考慮し、場合によっては「一つの都道府県内の多数の需要者による認識でも足りる」と一層緩和するに至っています。
1-3.小括
したがって、「地域名+普通名称」の組み合わせについて出願する場合、「地域団体商標」制度を利用して出願した方が、登録可能性が高まることが期待できます。
ただし、「地域団体商標」の場合、出願人の要件として、組合等の組合,商工会、商工会議所、NPO法人、これらに相当する外国の法人、すなわち法人格のある団体であることが求められる点に留意が必要です。
もし、商標登録の出願を検討する段階で「〇〇推進協議会」のように、複数の個人や法人が集まっているものの法人化されていない団体の場合は、地域団体商標制度を利用することができませんので、法人を設立した上で、出願する必要があります。
また、法人の設立に際しては、現在の「〇〇推進協議会」の運営者(理事等)及び構成員が、そのまま法人に移行することが求められる点にも留意が必要です。理事や構成員に同一性がないと、使用による周知性獲得の立証の際に不都合が生じるからです。
2.GI(地理的表示)による保護
2-1.GI(地理的表示)とは
地域には、伝統的な生産・育成方法や気候・風土・土壌などの生産地等の特性が、品質等の特性に結びついている産品が多く存在しています。これらの産品の名称は、多くの場合、その地域名と結びついた「地域名を含む商品名」となりがちですが、これらを「地理的表示」として知的財産として登録し、保護する制度が「地理的表示保護制度」です。
例えば、「越前がに」、「網走湖産しじみ貝」などが、地理的表示法(以下「GI法」と略します)に基づき、「地理的表示」として登録されています。
なお、必ずしも、地名が付いている名称に限られず、「いぶりがっこ」(野菜漬物)などのように、その名称を聞いて産地を特定できるものであれば、地理的表示として登録が認められます。
2-2.GI(地理的表示)の登録要件
- 「地理的表示」として登録を受けるためには、その地域固有の気候・風土や伝統製法などの明確な裏付けがあることが必要となります。
- 概ね25年ほど生産が継続されていることが条件になっており、地域団体商標の5~10年程度よりも長い期間の使用が要求されます。なお、この使用期間は、産品の生産・販売等の実績期間であって、地域団体商標のように名称の使用実績ではない点に留意が必要です。
- 出願人の要件としては、生産者団体であることが求められ、団体が存在しない場合は、まず団体を設立する必要があります(団体には法人格までは求められません)。
- 生産者団体が、産品の特性を確保するための規程である「生産行程管理業務規程」を作成し、遵守できることが求められており、出願時はもちろん、登録後にも、構成員全員の商品について、一定の品質を確保するための管理、及び毎年の報告が求められる点(相当な費用工数が必要であること)に留意が必要です。
商標との最も大きな違いは、商標の場合は、商標権者自ら権利行使(差止請求、損害賠償請求)する必要があるのに対し、GI(地理的表示)の場合は、行政(農林水産大臣)が取り締まりを行ってくれる点であり、前述の生産行程管理の工数とトレードオフで考えればよろしいと思います。より具体的には、侵害者に対する監視や警告・訴訟の手間(商標の場合)と、日ごろの生産行程管理の工数(GIの場合)といずれを重視するかによって、どちらか一方、あるいは両方を選択することになるかと思います。
なお、商標とGIの両方を選択した例としては、後述のように、「今金男しゃく」などがあり、ブランドへの強いこだわりが表れた結果と考えられます。
3.品種登録(育成者権)による保護
農産物等の場合、「商標」、「GI(地理的表示)」以外にも、「品種登録(育成者権)」による保護が考えられます。
品種登録制度とは、一定の要件を満たす植物の新品種を農林水産省に登録することで、育成した者に25年または30年の期間にわたる「育成者権」を付与し、知的財産として保護する制度です(注1)。
育成者権の存続期間
育成者権の存続期間は、一般的な植物の場合25年、果樹、林木、観賞樹等の本木性植物の場合30年となっています。
優良な新品種を用いて生産された農産物は高値で取引されることも多く、そのため無断栽培や海外流出のリスクも高くなります。新品種の価値を維持するためには、品種登録を行い知的財産として保護することも重要です。
ただし、一般に販売した後では品種登録できないので、品種開発した直後に、品種登録するかどうか検討する必要があります。
品種登録されると、品種の名称、植物体の特性、登録者の氏名及び住所、存続期間等が品種登録簿に記載され、同時に官報で公示されます。品種登録の情報は、農林水産省の品種登録ホームページでも提供されます(図8参照)。
4.事例紹介
4-1.「今金男しゃく®」のケース
「今金男しゃく」は、北海道の南西部の今金町の特産物として有名で、白色で美しい外観を有し、安定した品質と自然にとける舌触りの良さが特徴とされています。
厳しい選果基準により、形状や外観が良いことから、市場では品質、食味ともにトップクラスと評価されており、他産地の男爵芋に比べて2割以上高値で取引されています。
収穫前にサンプル抽出を行い、ライマン価(デンプンの含有率)13.5%以上の基準を満たした圃場の産品のみが収穫されます。
(詳細は、地理的表示発信サイトの「今金男しゃく」のページをご参照)
ブランド化の動きとしては、まず、ロゴ商標を「通常の商標」として登録を受け(2003年4月出願)、10年以上経過した2016年11月に「今金男しゃく」(標準文字)で「地域団体商標」として出願し、登録を取得した点に注目できます。
前述のように、「今金」という地域名と、「男しゃく」という普通名称を組み合わせた商標であるため、「通常の商標」で出願する場合、周知性の要件を満たす必要があり、周知性の立証が壁となっていたものと推測されます。
そこで、当初はロゴ商標を「通常の商標」として登録し、ある程度時間をかけて準備をしたうえで、「今金男しゃく」(標準文字)で「地域団体商標」として登録を取得したと考えられます。
また、ライマン価(デンプンの含有率)の厳格な管理などを行っており、このような生産行程管理により、「GI(地理的表示)」との相性も良く、商標の登録だけでなく、「GI(地理的表示)」の登録を取得していることも注目されます。
他方で、「品種登録(育成者権)」については、すでに流通していた男爵の品種を利用していたため、品種登録を受けてはおりません。
「今金男しゃく®」のケースは、商標(「通常の商標」、「地域団体商標」)と、「GI(地理的表示)」の合わせ技でブランド化を図り、成功を収めた例として参考になりそうです。
4-2.「あまおう®」のケース
「あまおう®」は、1996年〜2000年に美味しい品種、果皮が赤い品種、果実が大きな品種などを相互に交配して種子を採り、毎年、約7,000株の実生株を育てて、その中から、優れたものを選抜した結果、食味が優れる「久留米53号」を母親、果実が大きく着色が優れる「92−46」を父親として1996年に交配した中から、現在の「あまおう(福岡 S6 号)」が生まれたと紹介されています。(詳細は、「特技懇」誌2010.1.29発行第256「イチゴ「あまおう」の開発・普及と知的財産の保護」をご参照のこと)
ブランド化の動きとしては、研究開発に6年もの歳月を要した成果を知的財産として保護するため、まず、「2001年11月に「福岡S6号」として「品種登録」を申請し、2005年1月に登録を取得しました。
続いて、「あまおう\甘王」を「通常の商標」として出願し(2002年7月)、同年11月に登録を受けています。なお、「あまおう\甘王」のようなユニークなネーミングの場合、「地域名+普通名称」ではないので、「地域団体商標」としてはなじまないこともあり、「通常の商標」としての登録が適していることになります。
このようなブランド化の結果、2004年には、市場単価日本一を達成するなどの成果を得ています。
育成者権の場合は最大30年で満期を迎えますが、商標の場合は、5年または10年ごとの更新により半永久的に権利を存続することができ、両者を組み合わせることで、ブランド保護を多面的に展開することが可能となります。
また、商標を登録することにより、(品種登録の場合は果実の育成だけの保護に留まるのに対し)果実だけでなく、あまおうの加工品についても商標で保護することが可能となるなどのメリットもあります。
さらに、日本国内の商標登録を基礎として国際出願を行うことも可能となり、香港、中国、韓国、台湾などにおいても商標登録を取得しています。
5.まとめ
このように、ブランド化戦略の手段としては「通常の商標」、「地域団体商標」といった商標、「GI(地理的表示)」、「品種登録(育成者権)」などの選択肢があります。
まず、新品種の場合は、「品種登録(育成者権)」を利用して保護することはもちろん、既存の品種でも、「今金男しゃく®」のように、地域の風土や環境に応じて生産方法に工夫を凝らして一定の品質を得た場合には、商標(「通常の商標」、「地域団体商標」)や「GI(地理的表示)」によって保護することが可能となります。
そして、「あまおう」のようなユニークな名称の場合は「通常の商標」による商標登録によりブランド化を図ることはもちろん、「今金男しゃく」のように「地域名+普通名称」の産品の場合、周知性の立証が困難な時点ではロゴ化するなどして「通常の商標」としてブランド化し、周知性の事実や証拠書類が積みあがった時点で「地域名+普通名称」(文字列)を「地域団体商標」として登録するといったブランド化戦略が考えられます。
あるいは、構成員の生産行程管理によって品質の標準化が可能な場合は、さらに、「GI(地理的表示)」も視野に入れる、というようなブランド化戦略が考えられます。
いずれも、生産者、地域の加工業者、推進団体(協議会、組合など)、及び地方自治体の皆様の協力が必要ですが、補助金や助成金の活用が可能な場合も多いと思いますので、地域の関係者を巻き込んで、ブランド化を推進してはいかがでしょうか。