特許出願件数及び各種の指標から見た日本の国際競争力の現状と対策案 ~第2回~
2.各種の客観的指標の推移からみた国際競争力の現状
第1回では、日本の国際競争力の低下に関する各種レポートの指標を取り上げると共に、主に、特許出願の国際比較により、日本の国際競争力の低下をみてきました。
今回の第2回では、各種の客観的な指標について、殆ど全ての指標で日本は減少または下降傾向、もしくは好まざる傾向にあることを確認していきます。日本の国際競争力低下を目の当たりにするのは気が滅入りますが、現状認識としてしっかりみていきたいと思います。
2-1.AI(人工知能)への対応状況
AI関連産業は将来の有望な産業の一つと目されており、例えば、EY総合研究所によれば、AI関連産業の市場規模は、2015年の3.7兆円から2030年に約87兆円に成長すると予想されています。
しかし、それらを支えるAI人材の状況は、グローバルAIタレントレポート2019(https://jfgagne.ai/talent-2019/)によれば、AI研究者数(2018年に主要なAI会議で英語論文を発表した研究者数)でみると、1位は米国(10,295人)、2位中国(2,525人)、3位イギリス(1,475人)、4位ドイツ(935人)、5位カナダ(815人)、6位日本(805人)とかなり見劣りのする状況になっています。
また、AI関連特許出願(技術分類G06Nが付与されている特許出願)の件数は下記のように、日本は主要5か国で最も遅れを取っている状況です。
2-2. 論文の発表件数の推移
技術開発を下支えする基礎研究についても、日本はかなり厳しい状況であり、このことは論文の発表件数に如実に表れています。
日本の論文発表数は、総件数でみると、米国、中国、ドイツ、英国に次いで、第5位ですが、論文の被引用数が各年各分野(22 分野)の上位 10%に入る論文の数でみると諸外国との差異が顕著となり、日本の順位は、20年前の3~4位から、最近では10~11位まで低下しています。
第1回 でみてきたように、日本の特許出願件数だけが減少傾向であることとの関連性もありそうですし、この20年に渡って行われてきた国立大学の研究開発費の削減や企業の研究開発費の削減とも無関係ではなさそうです。
※論文の被引用数(2020年末の値)が各年各分野( 22 分野)の上位 10%に入る論文数が Top10論文数です。
※整数カウントは1報の論文を筆頭著者や主著者などの位置づけに限らず,すべての著者・機関・国について重複して1報とカウントし、分数カウントは,1 報の論文を対象として国で按分する方法です。
2-3.名目GDPの推移
また、名目GDPの数値をみても、10年前と比較して低下しているのは上位10か国の中で日本だけという状況です。
なお、各国の物価指数で補正すると差は多少縮まりますが、順位が大きく変動するほどではありません。
2-4.国民一人当たりの名目GDPの推移
国民一人当たりの名目GDPでみてみると、諸外国との差は顕著となり、日本は、20年前に世界第2位だったのに対し、次第に順位を下げ、最近では20位以下まで順位を下げています。
他方、米国は2010年に10位以下に落ちたものの、最近では5位以内に戻っております。
シンガポールなど東南アジアの一部に躍進著しい国も散見されます。
また、スイスやオーストラリアなど欧州各国や、ノルウェーやスウェーデンなど北欧の国々が上位に名を連ねて安定感を示しており、自動車や電機、ITなどで世界をリードする企業が見当たらない中で、このような成果を上げているのは注目に値すると思います。
このほか、ニュージーランドなども着実に順位を上げてきており(2010年に26位⇒2020年に21位)、酪農や観光業が主要産業であることを考慮すれば(北海道とほぼ同じ人口規模、産業構造も似ています)、注目に値するものと思います。
こういった諸外国の数字を改めてみてみると、この20年の間、自動車や電機などで世界をリードする企業も多数ある中で、日本は一体何をしていたのかというあきらめにも似た気持ちにもなってきます。
原因としては、労働生産性が低いことなどの指摘がなされていますが、このほかにも様々な仕組みが原因になっていると思います。
2-5.主要国の成長率の要因分解
日本の成長率は諸外国に比して低く、資本寄与(緑色部分)の寄与度が低いことが指摘されています。
これは後掲の内部留保の過大な蓄積による影響、すなわち十分な投資(研究開発投資、設備投資、人的投資)がなされていないことが背景にあると推測されます。
また、労働寄与(青色部分)の寄与度も低く、労働生産性の低さとの関連している可能性があると思われます。
この指標単独でどうこういえることではありませんが、今回取り上げた各種の指標は同じベクトルを向いている点で注目に値するように思います。
2-6.内部留保の推移
他方で、日本の企業の内部留保が数百兆円の規模に達しており、いろいろな意味で、労働団体、産業界、政府などから注目されています。
もっとも、内部留保については、労働団体からは「非正規雇用を増加させたり、賃金を抑制したりしてきたことで、本来労働者に分配すべき部分が内部留保に転換されたものだ」という主張がなされ、他方で「内部留保は企業の安定経営のために必要で、コロナ禍においては特に有用だった」という反論もなされているようです。
確かに、内部留保は企業の安定経営のために一定程度は必要ですが、必要以上に増大すると弊害にもなり得るものだと思います。まとまった国際比較のデータは見つかりませんでしたが、諸外国でもこれほどまでに内部留保を拡大させている国は殆どありません。
2-7.実質賃金指数の推移
ところで、下記の実質賃金指数の推移の国際比較によれば、日本の実質賃金の低下は諸外国と比較しても突出していますので、労働団体の発言(本来労働者に分配すべきものが内部留保に転嫁されたもの)にも一理あるように思います。
いずれにせよ、後述のように、従業員のモチベーションの喚起が今後の未来を左右すると思われるので、内部留保をどのように利用していくかが重要な課題であることは間違いないと思います。これらを活用して研究開発への投資、設備投資による内需拡大、あるいは再分配による活用が期待されます。
今回はここまでです。
次回、第3回目は、主に、個人の努力で改善可能な指標について(主観的指標)についてご説明いたします。この調査結果に日本の国際競争力の低下を挽回し、未来を切り開くヒントが隠されていると思います。
乞うご期待。